先日、ローマでコンクラーベが終わり、新たな法王が立ったという報道を見た。
その時、初めて『コンクラーベ』という言葉を聞いたときのことを思い出した。
自分の中で勝手に『根比べ』と変換され、法王を立てるための話し合いは
根比べのようなものなんだなと思ったのを覚えている。
カタカナ表記だったのが判り、勘違いはすぐに解決したのだけれど。
そんな勝手な勘違いは他にもあって、
6歳くらいの頃、初めて『ほうじ茶』を飲んだ(ウチでは緑茶、玄米茶、麦茶だった)。
叔母だったか伯母だったかに『ほうじ茶飲みなさい』と言われたのは
法事の席だったので、『ほうじ茶=法事茶=法事の席での飲み物』だと
随分と長いこと思い込んでいた。
ところが、ペットボトルのお茶がどんどんコンビニに並ぶようになり、
ほうじ茶が、本当は『焙じ茶』であることを知って愕然としたものだ(30代初めの話
顕在意識下でもそんな勘違いはあるのだから、潜在意識でも当然あって、
1を聞いて10を勝手に組み立ててしまう仕組みは、誰にでも平等に備わっている。
小さい子どもが何かを求めたとき、全部が全部叶う訳ではなくて、
叶わないときには何かしらの理由があるのだけれど、
小さな子どもに、その背景を慮る力はない。
今ある全力で10を勝手に組み立ててしまう。
早いうちにそれが勘違いだったことが判明すればオオゴトにはならないが、
大体は、勘違いのまま大人になる。
それが、潜在意識下でオートマ化されているので、1→10は瞬時に自動で行われる。
ヒプノセラピーに出逢うまで、
潜在意識には小さい頃の勘違いが結構たくさん溜まっていて、それがしんどかった。
『自分は無力だ』とか『自分なんていない方がいい』
こんなのが柱となって、デーンと構えていた。
今はそんな柱がなくなって、随分と風通しが良くなったと感じている。